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もうすぐ新しい年です。
2005年は色々あったなぁ。ほんとに、色々と。
悲劇というか不幸というか、ほんとにたくさんありましたけど、
それをどう見るかは考え方の違いだと思うことにしました。

たくさんの悲劇があった、と解釈するより、
色々なことに片が付いた、と考える方が積極的ですから。

さぁて、来年も色々ありそうだなぁ。
その一つ一つに片を付けていくとして、
その後に、私はそれをいかに位置づけ、どうクリエイトしていけるのか。

ま、忙しいのは来年の私であって、今の私は知ったことではないので、
のんびり過ごすことにします。
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夜、ゴソゴソ起き出してヤフーのテレビ欄見て度肝抜かれました。
WOWOWでDo As Infinityのファイナルライブ(録画)やるんだー!!
残り、20分しかない…。どうする!?

ネットでパパっとデジタル視聴契約をすませながら、
RD-X3に溜まりに溜まったいらない番組を消して空きを確保。
テレビとレコーダーそれぞれに視聴予約を終わらせたのが19時58分。
何とか、何とか、何とか間に合いました…。

感想。
やっぱり、伴ちゃん美しかった。
女性として美しいというのではなくて、人間としてどこまでも美しい。

最初登場してきたときは、今にも泣きそうな顔してて、
「大丈夫か?」って心配したんですけど、
曲をクリアーしていくうちに段々と普段の良い目に戻ってきて、
最後のアンコールの時には、今まで見たこともないような、
力強い芯のある瞳に変わってました。
それと、とびきりの笑顔。

それを見て、本当に解散しちゃったんだなぁ、と実感しました。
番組始まるまでの少しの間に、見たら寂しくなるかなぁと思いましたが、
なんというか、ますます伴ちゃんの未来が楽しみになりました。
人間として、これからどうなっていくのか。

できれば、もう少しブラウン管の中で活躍して欲しいです。
今の私には、今の彼女を理解できない。
もうちょっとで分かる。
なのに、あと一歩のところで、見失ってしまう。
悔しいけど、私はまだまだ子供なんだよなぁ。
だから、高みで輝いていて欲しい、なんて願ってしまう。

24歳の頃の彼女と24歳の私。
25歳の頃の彼女と25歳になった私。
26歳の彼女と26歳になった私。
27歳になった彼女と27歳になった私。

おいつけはしないけど、目標というか希望あるいは理想として、
いつまでも存在していて欲しいと、ファイナルライブを見終わった後の率直な感想でした。

さて、関係ないけど、世間はクリスマス・イブです。
どう考えても世間の”一部”の人々の寂しさや悲しさは理解できないので、
『映像の世紀』第5集 世界は地獄を見た、をもうちょっとして見ます。
たぶん、世間の”一部”の殿方と同程度の鬱状態になれるんじゃないかと期待。
それでは、よいクリスマスを~!


友達と話していると、世間に流されない私が羨ましいという。
私は、逆に、世間に流される友達が羨ましい。
別に皮肉でも何でもなく、本心で。

こだわって生きている、とか、何となく聞こえはいいんですけどね。
我が道をいく、というのは、単にナルっぽく美化された言い方であって、
現実は”自分に”流されている、ということだと思います。

世間に流されることと自分に流されること。
害が大きいのは、圧倒的に自分に流されること。
世間に流されている自分を自覚し、それに抗うことはできても、
自分に流されている自分を自覚し、それに抗うことは不可能に近いからです。

複数の人間と複数の人間の間にあるのが世間で、
人と人の間にあるのが人間であるとすれば、
世間の流れに身を任せる人間というのは至極正しいあり方だと、私は思います。
何とも人間らしい。
そこから生まれるものというのは、世間という流れる存在の中で、
その人が生み出したもので、何とも価値のありそうなものです。
なぜなら、その時の”世間”と、”その人”がいなければ存在しないものだから。

しかし、自分のこだわりの中で生み出されたもの、というのは、
その人のちっぽけな人間の中で偶然探り出されたものであり、
その価値ですら、その人の存在以上にはなりません。

天才のみが許される世界だと思います。
ただし、自分が天才であるかどうかは生き抜いてみないと分からないし、
第一その価値は世間が決めるものですから、
結局、人間が社会的動物である以上、世間からは逃れられません。

じゃあ、(結果的にですが)天賦の才能を持たないものが、
こだわりを持って生きていくとはどういうことか。
それは、単に世間から逃げているだけじゃないかと。
流されてどうなってしまうのか分からない未来に、怯えているだけ。

自分に流されている人間は、世間に流される余裕がありません。
そこから抜け出す術すら知らない。
だから、世間を自由に流れ、そこから色々なものを吸収する友達が、とても羨ましいのです。

純粋理性。

日記

2005-12-20



私は、私とは異なる意見が大好きです。
討論なんかは本当に大好物なのですが、一つ問題があります。
それは、私は私の土俵では絶対に戦わないということ。

状況にもよるけれど、できるだけ自分の主張は隠しておく。
そして、相手の論理展開をそのまま使って相手の主張の土台のみに絞って攻めていく。
そうすると面白いように勝てます。
ってか、勝てない方がおかしいんですけどね。
所謂”卑怯な手”なんですけど、戦略的ではなく無意識にやるからどうしようもない。

――というように、討論等になると、意見を意見として楽しめません。
「勝てる」とか言ってるように、ゲーム感覚なんですよね。
さて、どうしたものか、と考えると、道は一つしかない。
自分の意見を、反対意見に変えてしまう、というやつです。

例えば、精神と身体は対立するもの、という私の考え。
これを「精神と身体は同じもの」というように変えてみます。
そしたら、ゲーム感覚が起動することなく、反対意見を楽しめます。

…しかし、この「精神と身体は同じもの」は、考えていておもしろかったです。
精神(理性)と身体(自然とか動物とか)が相対する存在、
というのは、もう哲学で言えば常識中の常識です。
これをひっくり返す、なんてことは考えてもみませんでした。
だから、おもしろい。

生物(精神)っていうのは、種族保存が最優先使命です。
種族を絶やさないように「進化」するわけですが、
環境適応能力その他を欠いた存在は、容赦なく消されていきます。

ここで、現代社会を見てみると、少子高齢化が話題となってまして、
今は先進国間だけですけど、結構な種族保存問題に直面してるわけです。
で、その種族保存問題に積極投入されてるのが科学。
理性は科学を生み出し、その科学は自然と対峙する形で発展してきて、
近頃は種族保存に役立とうとしている。

そうすると人間(理性)というのは、
種族保存という自然のルールに従順な存在なんじゃないかな、と。
つまり、自然は種族保存を人間という生物に課すわけですけど、
人間(理性)は科学(純粋な理性)を使ってそれに抗うのではなく、
それに従う形で生きている、ということになります。

じゃあ、精神(理性)も身体(自然)も同じものじゃないか、と。
理性は自らの生命を何とか先に延ばそうって頑張ってるだけで、
対立なんかしていない。
むしろ重要なのは、身体(自然)の中で精神はいいように踊らされてるってことです。
それが良いか悪いかは別として、さらに、これ以上の論理展開は私には不可能なので、
身体と精神が対立する話まで引き戻すと、結局、現代でも理性は精神に勝ててはいない。
精神の中に身体(自然)があるのではなく、
身体(自然)の中に精神は宿っているのですから、当たり前といえば当たり前ですけど。

だから、勝てるとすれば、たぶん、
身体と切り離された存在になった時のみ、だと思います。
それも、土俵がないと勝負にならないので、死後の世界とか別次元の理性集合体じゃダメ。
自然とともになければ話にならないということで、それなら、幽霊しかないかなー。
幽霊ってもしかして、科学よりもより純粋かつ完璧な理性なのかもしれません。
ゾンビはダメだな。アレはどちらかと言わないまでも、純粋な身体(つまり生物)って感じだし。

っていうのが、反対意見を楽しむ課程で私が考えた通りのことですけど、
まさか幽霊っていう単語が上記の課程で出てくるとは思わず、
そんな意味で、楽しんだのでした。
(途中、論理の飛躍、独自理論のオンパレードですが…)


「なんで?」

高校入ってすぐ、小体育祭というのがあって、
学年ごとに集ってサッカーか何かを練習する時間があったのですが、
もちろん私がそんなものに興味を示すはずがなく、
後ろの方で友達としゃべってました。

そしたら、どこかの組の女子グループが「ちょっと来て」という。
ノコノコ付いていったら、ただならぬ空気に包まれた女の子達がいました。
退路は先程の子たちに完全に塞がれてたので、逃げ道はなし。
どうしたものか、と思ったら、

「一緒に写真撮って下さい」。

「なんで?」

嫌な空気が流れる。
これだけ数がいるのに、誰も一言もしゃべらない。
耐えかねたのか、ボディーガードとして連れてきたKくんが、
「まあまあ。ほら、チャッチャと撮っってしまおうよ」と言うと、
他の子たちもそれに賛同して、あれよあれよという間にパシャパシャっと。

うーん、なぜ見ず知らずの人と写真に写らねばならぬのか…、
なんて撮り終わってから考えてると、他の子達も何やらゴソゴソし始めた。
な~んか嫌な予感がしたので、「ちょっとトイレ」と言って逃げたのでした。

――というようなことを、証明写真撮ってる時に思い出しました。
昔から写真嫌いなので、高校辺りの写真って2~3枚くらいしか残ってません。
今思えば、もっと撮っとけばよかったかなー、と。

それはそうと、中高時代、私を丸め込んで押し崩し的に撮ってた彼女たち、
まだ大事に取ってる奇特な人っていないだろうけど、
もし残ってたらわけてほしいなー、と思ったのでした。

雪の日。

日記

2005-12-18



雪を見ると興奮します。
玄関出る瞬間から、妄想炸裂です。

『プラットホームのセットを完了。中央カタパルトオンライン。気密シャッターを閉鎖します』
「極地戦用のB型装備か。なんか動きにくそうだなぁ…」
『中央カタパルト、発進位置にリフトアップします』
「怖じ気づいたのですか?出撃、止めるなら今のうちですよ」
『発進シークエンスを開始します。ハッチ開放。射出システムのエンゲージを確認』
「はいはい。出ますよ。ちょっと愚痴こぼしただけじゃん」
『カタパルト推力正常。進路クリア。タカシ機、発進どうぞ』
「タカシ隊タカシ、ザクレロ、行きます!」
『続いて、リリーナ機、発進どうぞ』
「リリーナ・ピースクラフト、レジェンド、出るわよ!」
「うひゃぁ~!寒っ!!!B装備なんて完全に意味ないし!!!!」
「『第二国連と連邦調達庁を説得して、技術班総出でようやく完成させた代物よ』」
「赤木博士!」
「『通常装備でノコノコ出て冷凍食品にされなかっただけマシ、くらいに考えて欲しいわね』」
「はい…(ん?食品?)」
「だからお子様は引っ込んでなさいっていったでしょ」
「無駄口叩く前に、女の子はお腹冷やさないように注意しとけよ」
「…な、なんですって~…」
「う"ー…」
「『はいはい、ケンカはそこまでにしといて』」
「だって、リリーナが」「だって、タカシが」
「『分かった分かった。で、今のところちゃんと動いてるみたいね』」
「は?」「は?」
「『リツコがB型は試作だから、まともに動くかは使ってみないと分からないって(笑)』」
「……」「……」
「一応、動いてるよな?」
「ええ。動いてますわ。…今のところは」
「『そ。よかった』」
「だけど、敵(※雪)の数が多すぎてマルチロックが全然機能しませんね」
「ああ、んなもん切っとけ。パワーの無駄。五感で判断しろ」
「視界も悪いし動きも鈍いし、こんなところで電池切れだけは勘弁ですわ」
「大丈夫だ。そん時は、このザクレロ様が華麗に舞い降りて助けてやるから」
「隊長も電池切れの時はどうするんです?」
「その時はアレだ。裸で寄り添って暖を取るしかないだろ」
「…死んでも勘弁願いますわ」
「俺だって勘弁だけど、大切な部下を見殺しには出来ないからね。仕方なく、だよ」
「仕方ないと言ってる割には、嬉しそうなお顔だこと」
「…ふ、不可抗力だ」
「いったい、何の不可抗力なのよ…。あ、見えてきましたわ」
「ほう。あれが噂の氷の要塞(※最寄り駅)か…」

ってな具合で、駅に着くまで色々と空想できます。
雪は楽しいもんです。


寒い…。
なんという寒さなのだろう。
田舎言葉で「おぞぶっごて寒か」って感じです。
しかも、風も非常に強い。

こんな時。
髪がバラバラになってすごく困ります。
昔、セミロング+αまで伸ばしてた時もありましたけど、
風に関して言えば、今みたく短い方が影響は大です。

長いときは、まとまってるから適当に流しといてやれば済みました。
しかし、短いと流せないからバッサバサ。
その一本一本も極細なので、収拾がつきません。

しかも。
冬はなぜか髪に静電気が集中し、
変な方向に逆立つわ顔に張り付くわで最悪です。

明日は雪だという。
うーん、ますます外出したくなくなるなぁ。
でも、脳内清水愛ちゃんが「ゆかねばっ」って励ますので、
めげずに我が道をゆきたいと思います。


下校中の小学生(おにゃの子)の集団を横切る時。
上級生らしきおにゃの子から物凄い敵意を感じます…。
目がね。
なんか汚らしいものを見るかのような感じなんです。

しかし、なぜだかゾクゾクっとはこない。
うーん…、やっぱりお子様には無理なんだなぁ。
ただ、原型らしきモノはチラチラ見えたので、
「あと15年くらい経ったら、その視線でお願いします」
って感じでした。


76 名前: 名無しさん 投稿日: 2005/11/17(木) 01:34:17 ID:uRJyC+YJ
よく晴れた休日の朝。

バイクで遠出でもしようかと、ウエストバッグに持ち物をぜんぶ詰める。
まだTシャツにパンツいっちょだが、バッグとメットゴーグルの
ベルトを調節しようと身につけてみるともう、むらむらして止まらん。
全身をちぢこめてパワー充填、
「たぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっまごーっのなーっかかーっら
ピーヨコちゃっっちゃっ!!ピッ!ピッ!ピーヨコちゃっちゃアーヒルじゃガァ!ガァ!」

鶴太郎の全盛期を万感の思いで偲びつつ。

自分にとってはメット=禿ヅラ、ゴーグル=鼻メガネ、
ウエストバッグ=ピヨコのケツなのだろう。

この前はじめて、迎えに来たツーリング仲間に見られた。
チョトいいなと思ってた女の子も一緒だった。
今度の遠出は、樹海になるだろうorz


すっごい笑った。
でも、一人の時って色々やりたくなる気持ち、凄いよく分かる。
特に一人暮らししてると、タガが外れるし。
最後にもう一つ。


225 名前: 名無しさん 投稿日: 2005/11/22(火) 01:17:17 ID:U2ymzGUq
バルコニー近くの窓際にて全裸で仰向けに横たわり
恥部やその他にいくつも鉢植えを置いてみた。
なかなかいい具合に日光浴できるもんだな…これはイイ(・∀・)
などと悦に入りつつふと外を見やると…
通りを挟んだ向こうのアパートに主婦業風の若い女性が
唖然とした表情で此方を凝視しているではないか。
目が合った瞬間
「なにやってんの?」と女性の口元が動いたので、僕は誇らしげに
「光合成」
と呟いてみた。


近頃、大学で友達に会うと第一声が
「クリスマスどうする?」。
…飢えてるなぁ。

キリストの誕生日に誰といようが、
別にたいしたことないと思うんですけどね。
何がそんなに重要なのか分からない。

ただ、私がカトリック教徒だったら、
ミサには行ってみたかったかなぁ。
世間に流されない純なおにゃの子に囲まれながら夜を明かすのは、
私的にではあるけれど、清い。実に清い。

しかし、お祈りは性に合わないから、
協会で鬼ごっこか隠れんぼやってるだろうな。きっと。
んで調子乗って「ドラクエのマネ」とかやって、大目玉食らったことでしょう。

まあ、それも一つの生き方ではあります。
それか、バチカンに行ってみたい。
いろんな人々の顔を一度に拝めるなんて、そうありませんし。

うーん、カトリックな人生もよかったかもしれないなー。


今更ながら『BLACK CAT』を読んでるんですけど、
イヴタン可愛いーーーーーーー!!!!

こういう萌えを狙ったキャラクターには一切萌えないのが私のポリシー。
「お前らこういうのが萌えるんだろ?あはは。釣れた釣れた。まったく単純だな、馬鹿オタは」
っていう作者の高笑いを想像すると、はいそうですか、とはいかない。

こっちにだって、プライドがあるのだ。…オタとしてだけども。
しかし、今回ばかりは完敗です。負けました。
イヴのキュートさの前では、私のプライドなどゴミに等しい。

何というか、天地無用のささみちゃんに通じるモノがあります。
背伸びしてるおにゃの子というか大人な少女というか…、
その辺がとにかく、良い。

うーん、可愛いなぁ、イヴ。

それはそうと、作者の矢吹さんって水瓶座なんですね。
「猫は…自由に生きるもんだぜ」には笑った。
登場人物も、メインは風星座(双子や天秤)っぽいのばっかだなぁ。
トレインとサキなんかモロに水瓶だし、スヴェンは天秤っぽい。
リンスは水瓶か双子で、イヴは乙女、クリードは蠍かな。(公式は無視)

全体的にアッサリしてて、読んでて心地良いです。

後ろ姿。

日記

2005-12-10



一昨日だったか、一週間前だったか、
学校の帰りに尋常じゃないくらいの美人が歩いてました。

といっても、見たのは後ろ姿だけですけどね。
でも、モデルとか芸能人とか目じゃないくらいの素晴らしい後ろ姿。
ミニスカートから伸びたあんよなんて、もう悶絶モノでした。

それほど感動したものですから、お顔は見ないでおきました。
あの後ろ姿に釣り合う顔といったら、私的にはこの世には存在しません。
2次元におりたって、かなりの労力を要することでしょう…。

ですから、感動したままに、ソッとしておくのが上策です。
確かに少し後悔する気持ちもありますけど、
失望に比べればマシだと、そういうことにしておきます。

しかし、うーん、あのスラリと伸びた色っぽい足は、思い出しただけでゾクゾクする。
脚フェチは限りなく軽度のものでしたけど、本格的に極めてみる価値はあるかもしれないなー。

ふゆ。

日記

2005-12-09



大学の駐輪場の空いたスペースを見ると、
冬の到来を実感します。

ほんと寒いもんね。

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