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上のはギャラリー強化月間2発目のラフです。
線拾い+色塗りは明日以降に。

さて、心配だった肌荒れはもうすっかり治りました。
やっぱり経年劣化の一つだったのかなぁ。
大学に行くとき、あの坂を登るのは非常に辛いです。
大学入学当初だったら徹夜明けに坂を登るのと、キツさは変わりません。

うーん、老化か…。
気が付けば、あと十数日で20代半ばに到達してしまう。
先に25になった友人Yを、馬鹿にできなくなってしまうじゃないか…。
ま、半年経てば彼も年を取って、後の半年間は馬鹿にできるんですけどね。

しかし、老化とは良いことか悪いことか。
人間が失敗から何かを経験することを生きるというのであれば、
老化は喜ばしいことのような気がします。
何をするにも目の前に物理的な障害として用意されるのですから、
それを精神面で受けて、物理面で攻略することを問答無用で要求される。
だから、若い頃以上の経験ができる。

逆に考えれば、若いときは”それ(老化における苦難)を経験にできない”、
つまり、老化という経験に耐えられないから、老化がないのかもしれません。
年を経るには”未熟”だから、身体からの物理的な制限はなく、
あるのは身体からの一方的解放(成長)だけです。
それは、いわば”成功体験”なので、経験にすることは出来ません。

しかし、老化は”失敗体験”なので、経験にしていくことができます。
老化を身体という自然の恵み(自然からの贈り物)だとすると、
本来、人間とって老化とは究極の憧れといえるのかもしれません。
老化するために生きる、と。

ただ、老化の最終段階、つまり”死”は経験できません。
失敗を成功にするのが経験だとすれば、
死が終わりを意味するなら、死を経験化することは不可能です。

ここではあの世の存在は認めたくないので、そうするとどうなるのか。
”生”を考えた場合、”生の前”には何もないので、自動的に「失敗」となります。
失敗を成功にする過程が人生だとすれば、死は”生の失敗を成功にしたもの”なのかも。
つまり、生(失敗)と人生(成功過程)と死(成功)で一つの経験ということになり、
じゃあ失敗から成功に変えられたときの喜び(醍醐味)はどこにあるのかというと、
それは、生きるということからの解放にあるんじゃないのかな、と。

だから、老化は消極的なものではなく、積極的なものなのでしょう。
老いることによってたくさんの経験ができるのなら、それは最高なことです。
40年後が楽しみです。
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誕生日が近づいておりますな。
今年も独りで祝うバースデー。v-25

おめでとうキミ。そしてオレ。

コメントありがとうございます。

毎年、祝日に、独りで、お誕生日会…。
これを乗り切る強さを得た我々は、無敵だと思います。

マリオでいえばスター状態のキミ、そして私、本当におめでとう。

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